YK-akadoの『不』日記

元劇団女優・まだ細々俳優鬱治療中の旦那の両親と同居で頑張る2児の母・剣道に息子と通う有段者で役員、その息子は不登校児に・長年勤務の パート主婦 、色んな立場で感じた事やぼやきを書き綴り、最愛の子ども達に何か残ればいいな。

いつ大人になるんだろう、アラフィフでも実感なし。

今週のお題「二十歳」
成人式を迎えたら大人と言っていいのかもしれないが、自分の中の『大人』ってもっと、しっかりと人生を歩んでいて、子供に質問されたら「こうなんだよ」と回答し、迷いなく導いてゆくような存在だと思っていた。

思ってたんと違う。

限りある人生の半分以上を生きてきたのに、常に迷い、抗い、言葉を失う。

いつ、自分の目指す『大人』となるのだろう、いやなれるのだろう。



思うに、きっと、人生最期の瞬間に「我が人生に悔いなし」と言えた時にしか分からないのではないか。

だとしたら、迷い、抗い、答えが見つからない、かける言葉を探しもがく、これを最期まで繰り返すしかない。

何だか、たいそうな考えで、辛いもののようだが、そうならないように切り返して行く作業、いかにポジティブに、楽しみと笑いに換えて往けるか、その術を自らあみだせた人、それを後から生まれてきた子供達に確かに伝える事ができる人を大人と呼ぶのかも。
まだまだだな。

あともう一回成人式分生きたら十分だろうが、目指す大人になるには足りないかも。
長男によく「大人げない!」って言われる。長男のストレス発散の格闘ごっこライトセーバーでの戦闘ごっこ、時に少林寺拳法の技を繰り出し、玩具のライトセーバーで剣道の技で切り返し、やっつける‼️
楽しみや笑いに切り返す術の一つで、息子とこんな事が出来るのもあと数年のことだろう。
毎日「大人げない」と意味合いが違う「大人として失格」と思えてならない方々の対応に精神を抗え、磨り減らしている状況には回避の目処がたっていない。


適応障害で鬱に片足つっこんだままの旦那が、休みの朝ののんびりとした雰囲気を、長男への一言でかき消した。
ここ2日、前のように公園夜回りを再開して長男と夕飯後に体を動かしているが、昨夜は、長男自らの提案で母とグラウンド、ランニング対決。
そこに遅れてきた旦那が見守る形になった。
約一周のハンデを母にくれた長男だったが、案の定母は余裕の一周目ゴール、2周がかなりキツかった様子の長男、母には負けたが走りきった息子を夫婦で褒めて、嬉しそうに帰路についた。良い雰囲気だった。

でも、朝の一言、タイミングや言い方が良くない旦那、自分が心の病でかける言葉やタイミングなどわかりそうなもの…………それが出来ないから適応障害なのか。まただ、懸命にメンタルケア、精神の安定をゲットできたと思ったら台無し、側にいる長女のイライラも助長する。
長男は階段をかけあがり自室のドアを荒々しくバタンと閉めて閉じこもる。


上手く切り返すにはクールダウンが必要。
旦那を責める事はしないが、かける言葉は見当たらない。両者をしばしほかっておく。


自室でまだイライラしていた長男、母にも睨みをきかせたが、「今はちょっと独りにしておいて欲しい」とちゃんと言ってくれた。
今日はテスト週間で勉強中の長女をお留守番にして街の方のアベンジャーズのイベントショップに行く予定をしていたが、別に午後からでもいいし、と思ってそっとしておいた。
が、旦那は共有スペースにいるものの居場所がないような雰囲気を全身に醸し出している。
同じ空間に居るだけで重苦しい。かと言って、声をかけると萎縮した反応でどもって答えるから、また本人も苦しそうでいたたまれない。
何としたもんか、とりあえず、あなたは自身でもがいて苦しみ、進むべき道を見つけて欲しい。
長男が進むべき道を導く役目が、目指すべき大人はあなたであるべきなのに。



そのうち、長男の自室から爆笑するデカイ声が響く。動画を見て大笑いしているようだ。もうちょっとそっとしておこう。

イベントショップが開く11時になり、長男の部屋で話をする。
長男の作戦を聞いた。「早目のお昼を食べて、みんながお昼ご飯を食べてる時間に行ったら少しは空いてるかもしれないから」との事、行く気になっている、しかし、父が一緒に行くなら行かない!と嫌がった。確かに、あんな状態の父とどこに行ったって楽しくない。可哀想だが事実だ。
母と二人でささっと覗いて来よう。という話で、さっそく、早目のお昼ご飯を用意する。長女は自分の勉強の区切りのタイミングで自分で簡単に用意できる物を置いておく。
旦那には、長男と二人だけで行く事を伝える。萎縮した反応の頷き。

行きの車では楽しく長男からの話で大金があったらどうするか、の質問、想像の話でスターウォーズミレニアムファルコン型の家を作る話で盛り上がった。
休日の繁華街は駐車場を見つけるのも大変、でもそこは、探険のように、楽しみながら探す。長男を巻き込みながら。「あ、あれ出そうじゃない?もう一回ぐるっとしてきたら空くか!」
「あー、惜しい❗️先を越されたぜい、もう一本向こうの道で探してみよう」等々
ところが、これが父の運転で来るとこうはいかない。空きが無いことにイライラ、何度も同じ道をグルグルする事に苛立ちと焦りが周りを息苦しくさせ、楽しさを削がれる。


ショップでは「スゲースゲー」と連呼し、目をキラキラさせていた。
良かった❗️連れて来られて😄
帰りの車ではアベンジャーズトークで盛り上がり、ずっと家に着くまでしゃべっていた。
楽しそうに。


以前も書いたかもしれないが、最初のうち、カウンセラーさんが言っていたが、この歳頃の男の子には、身近な大人の男性が必要、お父さんは、お忙しい?と聞かれた。
もちろん、父親がいない子もいるから、担任や習い事の先生など身近な信頼できる男性が指針となるようだ。だから、今、男性カウンセラーさん男性担任で一生懸命長男と週一コミュニケーションを取って信頼関係を築こうとしてくれている。
お父さんは冒険とチャレンジの象徴で、色々な所に連れて行ってくれたり様々な経験や失敗を体験させてくれる役割。
母は安心、安全の基地としての役割だが、それが父と母、逆転しててもいい、との事。
この事は旦那にも言ったので、連れ出そうとはしてはいるものの、自身が病んでいる状態で出かけても楽しくもなく、長男にとって不安が大きすぎる。
父母逆転というより、今のところ、母が両方を担っている形だ。


大人になるのはどんな時?

自分の子供に限らず、未来を担う身近な子供が迷ったり、落ち込んだり、どうすれば良いか分からなくなった時、自ら進むべき道が見つけられるよう手助けができる人に、安心安全な居場所を提供できる人に、そうなったら大人って言えるかな。
五十を過ぎてもこんなんだから、
成人式を迎える子供たちに、肩の力を抜いて、かつ誠実に楽しい大人になって欲しい。

月がキレイな夜に、いつか愛息子が自ら進む事ができると願って。
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