YK-akadoの『不』日記

元劇団女優・まだ細々俳優の旦那の両親と同居で頑張る2児の母・毎週剣道に息子と通う有段者で役員・長年勤務の パート主婦 、色んな立場で感じた事やぼやきを書き綴り、最愛の子ども達に何か残ればいいな。

冷や汗と好運と反省

後悔先に立たず。

この間ブログで母親を超えると宣言したばかりだ。

でも、気をつけているんです、これでも。自分の限界ラインが見えなくて困る。


やっと剣道稽古再開となった7月1日

みんなに配る手拭いや参考までの手拭いマスク数 枚や、自粛中に出したクイズ正解者に稽古再開時にねと約束した景品、色々チャリにのっけてスポーツセンターへ。

センターの自転車置場で一人、ハンドルを握ったまま動けなくなった。

そのまま倒れそうになった。

ハンドルを離せない。
ラクラ……
少しでもバランスを崩すと倒れる、そんな状態で固まった。
ダメ、絶対ダメ❗️こんな所で倒れちゃダメ。
やめて。またスポーツセンターの人に救急車呼んでもらうなんて、3回目は勘弁して、絶対倒れない。

こちらサイドの自転車置場はあまり使わないので置いてある自転車も2台、幸い?だーれもいない。
中途半端な位置で自転車のハンドルを握ったまま仁王立ちして固まっているオバサン。
見つかればどう見ても変だ。

大丈夫、きっと大丈夫、ちょっとこのままいよう、深呼吸、何度も瞬きをゆっくり、少し目を閉じる、深呼吸、お願い、ちょっとだけ治って。
きっと大丈夫。
ゆっくりと目を開け少しだけ動いてみた、いける。
クルッと回って自転車置場を出で歩道へ。歩道の隅っこでチャリを持ったまま、スマホを出しラインを役員ママへ。
『ごめんなさい、やっぱり行けない、ヘトヘト疲れ果てました』
元々、私の仕事が大変な事になってるのは知ってるまママさんで、今日も無理しないで来なくても何とかなりますよ、と言ってくれていた。
ラジャーのスタンプがくる。
すぐそこに居るんだけど、バレないように、稽古場に入って行こうとしているうちのメンバーはいないかな?と目をこらす。
歩道の通行人は散歩やらランニングして通る人やら、自転車で買い物帰りのオバサンが止まってスマホしているとしか見えないだろう。
スマホ持ったまま、また頭クラクラぐるぐる。身体が斜め下に引寄せられる感じ。
ダメ、こんな所で倒れたら、通行人が寄ってきて救急車を呼ばれる。
冷や汗。
旦那に電話も無理。だって、私が出掛けるちょっと前に仕事の打ち合わせのため事務所へ車で出て行った、リビングのテーブルに携帯を置きっぱなしで。

長女を呼ぶ?
いや、風呂に入っていた。長い。電話しても気がつかない。
ヨボヨボじいさんに車で迎えに来て貰う?
嫌だ絶対。
嫌だ絶対、こんな所で倒れるなんて。倒れない、倒れないぞ絶対。このまままた少し、しばらくしたらきっと動ける。
目をまた何度もゆっくり開けたり閉じたり、よし、揺れない、行ける、自転車に股がる、ゆっくりこぐ、ゆっくり進む。
大丈夫、きっとたどり着ける。きっと。
もうすぐうちの町内。まっすぐこのままで、長男の幼なじみ、よく義父の愚痴を言い合ったママ友の家、ちょうど前に白のヴォクシー、あれ?ママ友?いかん、あと少しなのにまっすぐ進めない、斜めになってる気がする……気持ち悪い、吐きそう、このまままっすぐで助けを求めるか。
いや、運転席は男性?ご主人か。大丈夫、ここまでたどり着いた、あと少し!まっすぐ行かず家の方へ曲がる、見えた、着く、駄目!吐く!家の前でマスクの下の口はぷっくり、何も無かったように庭にチャリを停める。ヤバい、第二波がきたら溢れて玄関にキラキラ。
自転車停めた勢いのまま塀に向かいマスクを上げて隣の空き地に失礼、口の中を空にした。
申し訳ごさいません。

荷物を抱え2階に駆け上がり2階のトイレで全部吐いた。

たどり着けた。
たどり着けたのは好運だった。
フラフラと自転車で倒れて車にひかれたら?
それはすごく気をつけて車の通らない道で帰ってきたが、信号のない通りは渡ってきた。すまない。
母ちゃんはいつも間違える。自分を知らない。
ほんと分からないんだ。


会社を出る時、一瞬フラッとなった。
かなりヘロヘロだなと。長女に「ヤバいぐらい非常に疲れた、ゆっくり帰ってゆっくりやる、駅まで迎えは父ちゃんが行けるって言ってたよ」とライン。

スーパーでいつもの半ペースで買い物
剣道に出かける前にいつもはアクロバティックな夕飯作りも、焼くだけ、切ってあえるだけ、なメニューでゆっくり、運ぶのも出かける前の旦那と長男に手伝わせ。

剣道に出かける荷物を持った時、またクラ~ときた。
前にもらっためまいの頓服薬を飲む。
大丈夫だと出掛けてしまった。
何で、出掛けた。何でそこで休むと連絡しなかったと反省。

トイレで長男を呼ぶ。長男が心配そうに肩をかして私を運び、保冷剤やタオルや色々持ってくる。
風呂から出た長女も目を丸くしていた。
横になってる私に、何がいる?どうする?と甲斐甲斐しくする長男に「今はソッとしておくの、あんたがご飯食べるのがお母さんが安心するの、ご飯食べなよ」と夕飯を食べるようにすすめる長女。長女はお迎えに行った父に車で「お母さん生きてる?」って聞いたらしい。旦那が出掛ける前にそう聞いた。
どうも、私が弱音を吐く相手はやっぱり長女らしい。本当にヤバい時は自分に言うと長女も分かっているのか。心配かけたよまた。ごめん。


無事に帰ってこれて良かった。

今日、すんなり会社を休んだ。休ませてもらった。
頭が重い。首の後ろが痛い。薄い吐き気がまだ。
長女を送り出し、横になる。
心配する長男に、旦那が「お母さんをそっと寝かせてあげよう。仕事も大変だけど、ここもな」と自分と長男を指差す。
長男が「おらは最近けっこう学校行けてるし、そんなに心配させてないと思うけどなぁ」
いや、いつも心配しているよ。
旦那が「まぁ、そうだな、お父さんだよな」
はい、かなりな心労です。
心労ってこんなにも疲れさせ、しかも疲労度か分からない、知らない間に身体がガタガタになっていたと後で知る。
ベッドからの青空を写して心と身体の回復。
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こんな空もある、これはこれでキレイ

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いっぱい雲で覆われて、モヤモヤ、でもその先には青空、遠くの山々が綺麗。
厚い雲で占領されていてもその上は……
本当は青く澄んだ広い空。


不登校HSC長男君、あなたは今モヤモヤでいっぱい。
でも、去年までは黒くて冷たい雲で一面を覆われ青空なんて、ごくたまにチラッと見えただけ、そんな様子だった。ごくたまに見えた青空や一筋の光に、母は自分を奮い立たせて、奔走し、いろんな所からお日さまの光を呼び込んだ。

助けてもらったよ、みんなに。


週一回、夕方のスクールカウンセラーさんの面談は必ずといっていいほど、出かける前に「腹が」と言ってトイレに行ってから出かけるが、嫌がる様子なく行けている。
翌日の母の仕事定休日には、給食を仲良し君達と食べる目的で学校に行けている。給食前の一時間は、隣クラスの女性担任が空いているからと、家庭科の勉強が一緒に出来た。
給食後に迎えに行ったらお友達と放課に談笑しているから、お母さんちょっと待っててと。
次の週はもう一時間学校にいるからと迎えに行く途中で学校から電話で、一時間後に出直した。
クーラーの効いた会議室で一人筋トレをしていただけらしいが。
学校が怖い所ではなくなってきてる?ちょっとずつ。

今週、クラス写真撮影日、最初は頑張って行くかと言ってたのに「無理」ってなった。
でも、小学校最後、卒業アルバムにも載る、幼なじみとやっと同じクラスになったよ、と夜の公園散歩で伝えた。担任先生に電話で聞いたら、一年生から順番に撮るから時間は決まってないけど二時間目の始まりに来てくれたら、ちょっと順番待ちして撮れると思う、二時間目の終わりまでは待ってくれるって。お母さんは会社に遅刻するって言ってあるから一緒に学校まで行って、写真終わるまでそのまま待ってるから、ササーッと一緒に帰って来ようよ、と言ってみた。

「あ~ぁ、んー、頑張ってみるか」となった。

当日、学校へ向かう道
「自殺したいほど怖ぇ~」
と一言。緊張ガチガチな顔。
「大丈夫。お母さん一緒だし、先生も○○君も○○君も一緒でしょ、一番前に座ってサッと写真撮って一緒に帰って来るだけ」
玄関ですぐ担任が迎えてくれ、「よし、こっちから上靴取りつつ行こう」と考える間もなく行った。

撮れた。

ホッとした顔で担任と帰ってきた。

普通に、何事もなかったように○○が声かけてて話してましたよ、と担任。

帰る挨拶していると、着替えを持ちながら校長先生が通る、二人で御礼を言って挨拶して帰ってきた。
頑張った。
怖さを1つ乗り越え進歩。小さな青空チラリ。
他の子からしたら何てことないこと、彼には何倍ものこと。

勿論、すっきり青空は気持ちがいい。

でも、いっぱいの雲で覆われてたって、いいんじゃないかな。

特徴があって、これはこれでアリ。

間もなく文月生まれ月

7月、そう言えば『文月ふみづき』と言いますね。
私の誕生日がやってきます。

そして、そう言えば、私は仕事やプライベートで毎日のように文章書いてますね。そういう星の下に生まれたのかも。
病気で母親が死んだ年齢に私もなります。
どうやら、母親は越えそうです。
事故に合わない限り。


7月は1日から、ついに剣道稽古再開で忙しくなります。
でも、自身は当分稽古どころではないかと思われます。
県連のガイドラインに添ってステップをふんで徐々に稽古。今月中は県連推奨の面マスクじゃなくて良しで、面を着けないから各自呼吸が楽なマスクで稽古。我が家で預かっている景品や頂き物の手ぬぐいを人数分と参考に作った面マスクのサンプルをいくつか私が持参します。
保護者の方に子供達の面マスクを用意してもらう参考と先生と相談の材料で。

県連が検証結果を元に追加ガイドラインを出していました。もっと小さい布でもいい、苦しければ鼻を出しても結果は大差なかったからオッケー、但し、布が口元に着いているかが問題らしい。
小さくて良いならと通常サイズの面マスクの半分で、紐ではなく平ゴムを通してみた。
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子供が自分で着けやすい。でもその子に合わせた長さにカスタマイズが必要だ。面を着ける時にずれないようなコツがいるかな。面つけないなら楽チン。でも今一か。
紐のラインの顔が痛いから両端にゴム着けただけ、これ顔が一番楽。しかも、縛るからサイズ調節効く、私はこれがいいかな。
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面着けずに基本稽古だけならこれが楽チン。
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縫い物出来ないお母さん用に、紐だけ用意して折った手拭いの輪の部分に通して装着パターンも提案。
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でも、結局、面着けるとアゴラインも密着し、さらに小さい子はふんどし型の面マスクでは、面被りにくい。面なしはふんどし型が楽。でも、面被るなら、子供はマスク型が断然着けやすい。
立体型なので口元に隙間ができるから、呼吸もしやすい。面マスクで面をかぶった状態と全く変わらなかった。
手ぬぐいのマスクも少し持って行こう。
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先生方からの頂き物手ぬぐいより、景品で貰う安物っぽい手ぬぐいの方が、目が荒く二枚重ねでも呼吸が楽でいい感じ。

強いチームで財力があれば、色々買えるんですが、なんせ存続も危うい我が会は、個人負担でお願いするから。親がキチンとした物を買い与える家庭もあれば、なかなかそうはいかない家庭も。
今回も有るもので工夫して乗り越えられたらと思います。

存続に関しても相談しなきゃ。

文月は、剣道も家庭も仕事も山積み問題を1つ1つユルユルと解決に導いて行き、亡き母親を越えたいと思っております。

笑うしかない、てんてこ舞い

外は、西から黒い雲、雷が鳴り、太陽の光りが出ていても、外は突如大雨。
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連日、会社の新システムにやられていることを度々書いた。

びっくりするほど使いにくい。

というか、使えないヤツ。

アナログおばさんの私も少しずつ、出来る人の1/3ぐらい使えておりますが、画面が見にくい上に、お一人の注文を確定するまでに何画面めくらなくてはならない?
そして、良しと確定して、念のため、確認画面開くと、付与されるはずのポイントが0になっている!
前は自動で触らなくても前回と同様条件になっているものもいちいち選択しないと進めない。

昨日は今月の定期便荷物が届く日。

交替で休むコロナシフト中で1日のスタッフメンバーは通常より少ない。
ずっと電話が鳴っている。
電話口でお怒り、金額表示が全然違う。
二個セットなのに、個数1と伝票に記載があって一個しか入ってない。
今回の付与ポイント0って、どうして?


笑うしかない。


前から、不具合が多く、5月までの旧システムからの移行データがおかしくなっていたり、出来るはずのことが出来なかったり、更に3日前からはコンビニに支払いに行ったのにバーコードが読み取れないって言われ支払い出来なかった、というお客さんから電話がいっぱい。どうも新システムのバーコード設定がおかしいらしい。

その日、私は隣の課長に、今まで出来ていた定期便に関するサービスが今回の新システムで続けていくには難しいことが分かり、そのお詫びと案内の定型文の手紙作成を頼まれ作っていた。

どんどん入って来る振り込み用紙の不具合が社内メールに書き込みされていき、それを見た社長から内線で、振り込み用紙再送時にお詫びの手紙とお詫びの品でクオカードを同梱しろとの指示が課長に。
「ごめんなさい、振り込み用紙再送の方に入れる手紙もお願いしていいですか?」と私に。
「クオカード足りるかなぁ、今日は足りるか、あっ、今までの分の止めなきゃ、振り込み用紙エラーの人待ってくださいね、手紙作ってもらったらクオカードも入れるので」と出荷準備に。
「すでに送ってしまった方の検索はどうやったらいいかなぁ、あっまだ指示の紙が残ってるか、あっ、定期便の方も調べなきゃ」
かなりテンパってます、課長の子、何を先に優先すべきか、頭回らなくなってきてました。

とりあえず、手紙作成して、出来る指示は代わりにしておいた。



定期便届いての取りきれない電話。
クルクル回るパトライト🚨

午後も大きく過ぎてから様子を見に下りてきた社長が「電話鳴ってますよ、何で取ってないんですか?電話優先してくださいよ❗️」

んな事みんな分かってんだよ‼️

私も先の電話のクレーム分処理中。次の画面開くのに時間かかりすぎなんだよ、こいつは。サクサク処理できないんだよ、これ、と、イライラ、ハーッやっと次、と電話に出る。


隣の課長「社長、定期便が届いて金額表示が違ったり、個数表示が違うので届いた商品個数が違ったり、みんな社内メールの報告書に入れてもらってるの見て頂いてますか?対応して処理するのに時間がかかるので、すぐ次の電話が取れないんです、みんな」

社内メールの画面を見ながら、社長

「ヤバイですね、これ。」

課長「ちょっと……これは……はい、ヤバイですね」


はーい、ヤバいっすよ。あははっ~😅

でも、時間なんで帰りまーす。

みんな、ごめんね~、適当に頑張って~

今日は長男が夕方学校なんで残業できませーん。

それに、もうどうにもなりませーん。

さようなら~、また来週。

認めたくないものだな……

今週のお題「お父さん」
去年のこの時期もお題が「おとうさん」だった気がします。去年は、ずいぶん前に亡くなっている私の実父について書きました。


だから、今年は我が家のお父さん、つまり主人、旦那のことにしましょうか。


我が家のお父さんは現在病んでいます、心を。

鬱です。

心療内科にも通って薬も処方され服用しています。

数年前は違うメンタルクリニックで「適応障害」だと言われましたが、その後良かったり悪かったりを繰り返し、長男が不登校になる一年前からあまり良くなく、今年に入ってかなり状態悪くなり死を意識し始めたらしい。さすがにまずいと感じて自分で違う心療内科に行き始めました。
数年前のクリニックには私が連れて行きましたが、今回は、長男は不登校、長女は受験生、その上、家事もあれば剣道の役員という立場もあり、爺、婆、同居の家族6人分の食費をパートで稼がねばなりません。
そんな私に本来、私が頼るべき人であるお父さんの事まで何もかも出来るわけがない、身体がいくつあっても足りません。もちろん、何もしない訳じゃないんです。ご飯の準備や必要だと言っておいてくれれば弁当も用意する、洗濯は当然だし、仕事関係の事も分かる事、余裕があれば手伝っています。
決まった時間、決まった曜日に仕事ではないから、カレンダーにスケジュールを書いておいてくれるか、明日は何時にどこどこ、夕飯要らない、とか伝えてくれないと分からない。
カレンダー見て、夕飯を準備しておいても実は仕事で、要らなかったり、我が家の経済力で無駄を出すことにもストレスでした。休みを合わせるのにも一苦労。

でも、日常で旦那がポロッと発した言葉もよく聞いて覚えています。欲しいものや必要な物、やりたいこと、行きたい場所、現実的な範囲で少しずつ叶えている。
それは、子供達に対しても同じ。
覚えようとして覚えているわけではなく、大切な人の望みって、その時に喜ぶ顔が浮かんで覚えてませんか?未来の笑顔ゲット👍️って。

そういうことって、女性だけの特質?それとも性格とか、育った環境の違いかな?
旦那は逆にあまり覚えてない方です。
お婆ちゃんも何度伝えても現物何度も見てたりする子供達の好みとか、覚えてなかったりして、よく似てる。
子供達も覚えててくれない、あんまり興味ないんだな、って感じてしまうんですよね。


旦那が、最初におかしくなったのは、長女がまだ幼児、長男が産まれてさほど経ってない頃、まだ私が産休、育休中で仕事してない期間。


元々、世間知らずでお人好しだから、騙されやすいし、人に頼むより気持ちも楽だし自分がやった方が早いからとやってしまう方。


自作の芝居を買ってもらって嬉しいと何ヵ所かで公演したのはいいが、間に入った人に契約外の金銭を要求されたり。
劇団が入っていたビルのオーナー会社が忽然と姿を消して、引っ越しを余儀になくされ、座長から、その引っ越し奉行を仰せつかったのはいいが、みんなバイトがあるからと来なかったりで作業が進まず、期日があるから、やらざるを得ない、自分は子供もいて家庭もあるのに、バイトを休み収入なし。
すっかり、人間不信、一部の仲間を信用できなくなって精神を病みました。やりとげましたけどね。


私は、小さな子供二人を抱え、自分はパート育休、仕事してない期間で収入0、旦那は仕事に行かず給料が入って来ないからどんどん貯金がなくなり底をつきました。
そして、私の実父が亡くなった時、残った現金を姉弟三人で分けて一人98万円ほど、私の預金としてあり、これは子供達のため、本来爺ちゃん婆ちゃんが生きていれば、五月人形、ランドセルや机など買ってもらうような物をここから出していこうと思っていたお金。
それがこの時期にどんどん減って行きました。

大きな声(地声がデカイので普通に話しても声が通る、ちょっと咳払いしただけで、人混みでも存在が分かる)で、イライラして怒鳴るような事もあり、
あまりまだ子供達はよく分かってない頃でしたが、すごい良くないと思ったので、早期に一喝!
「直接殴るとかしなくても、大きな声で怒鳴るのはそれも暴力だよ‼️」と一言。
近くの子供達を出産した総合病院の精神科を受診しましたが、「あんなの何にもならん」とすぐに通院を止めてしまいました。


それからしばらくして同居に。


高校出てからそのままうちの劇団養成所、ずっと実家からの通いだった旦那は、結婚して初めて洗濯機の回し方を知ったほど。大人になってからも、親におんぶにだっこ、だったんだろうな、今思うと。
『暮らす』『生活』って事にかなり疎かった。
給料なしでどうやって暮らすの?って事もあまり実感がなかったのかも、私の父の遺産が減っていく事は知ってたかな?言ったっけなぁ、私。当時は言わずに、後になってから、あの収入ない時期に使ってしまい残りがあまりない、って伝えたのかも。あんまり覚えてない。

私は劇団の大先輩で年上、だから、結婚を承知した時に子供で経済力がない旦那は仕方ないと覚悟したはずだって自分に言い聞かせてた。

狭いボロ家に同居の苦労、長男の喘息発作で入退院を繰り返したり、長女の習い事スイミングに連れて行ったり、長男が丈夫になるようにと始めた剣道に私も復帰してさらに忙しく子供達中心の生活にどっぷりとなっていく私に旦那は嫉妬?苛立ち。
俺は、なかなかかまってもらえない、とよく不満をもらすようになり、さらに自分の医療費もかかる、仕事に行けない時期がある、私に仕事先に電話してくれと頼む。
学校休む、劇団休む、って母親に電話してもらってた?ひょっとしたら。
私からするといい大人が休みづらくて自分では言いにくいからって妻に電話させるのが全く分からなくて、恥ずかしいからすごい嫌だった。休むって電話して、って初めて言われた時には、信じられないほどびっくりした。声が出るならどんなにしんどくても普通の大人は自分で仕事先にごめんなさいと電話する。

良い時もいっぱいあって、楽しい事やイベントごと好き、子供達には良き父だから、大きな子供だと思えばいい、と自分に言い聞かせてきた。

私に苦労をかけるばかりだという思いがまた自身の負担、さすがに、『生活する』ということが見えてきた、負担になってた劇団ともお別れし、プロダクションに所属だけになったが、講師やプロジェクトを任されたり、家の建て替えをして、ローン支払い、重圧、先行き不安?
だから、バイトの郵便局夜勤はずっと続けていて、夜働き、昼間寝る、そんなの心身の健康は保たれない。
芝居はまだ好き?好きな事やってるの?
一度、劇場のスタッフに就職してみたこともあるが、ダメだった。続かなかった。
芝居の世界からも足を洗えず。
好きなら、足を洗うことないけど、嫌なら止めればと思う。でもサラリーマンにはなりたくないんだろうな、なれないけど、もう。
今のプロダクションだって、会社に入ったとしたって、年代からして任されるポジションになるのは仕方がない。だから乗り越えるしかないと思うのだけど。

私にビクビクして、話もまともに出来ない。

旦那より子供、そんな私が悪いのか。
妻を怖がって引くような旦那に私もまともな話、声をかけることすら苦しくてしんどい。



笑うと目がなくなって、笑顔が素敵な、声が大きくとおる舞台向き、私より才能ある俳優、あちこちから舞台出演のお声がかかる人気者、少年のようなお父さん、そんな私の主人はどこに行ってしまったのでしょうか?


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父の日、私からはボロくなって色褪せた物の代わりに新しいボディバック、これまでジーンズに似合うキャンバス地のだったが、スーツで出る事もあるようになったから、ちょっとビジネスライクのにした。長男は得意のキッズバー(今回はガンダムテーマ)流れているDVDは機動戦士ガンダム
その開催を報せるボードは長女が書いた。
笑って飲んでガンダム談議。
楽しい時間だったでしょ?
長男がDVDを観ながら「シャァの名言が出たからそろそろ…」ってキッズバー店長おすすめ、出した特別メニュー。
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そのままでも美味しいけど、醤油たらして溶けるチーズかけて缶のままオーブントースターでチン、美味しいね。

みんな苦しいけど頑張って父を応援してるのに、愛されてるでしょ?
なのに、翌日はもう元の暗い父。

何故だ。



坊やだからさ。

土砂降りの後は、こんな夕日

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これでもか!って雨が降る。


自ら傘をさす?カッパを着る?
一旦、どこかの軒下で雨宿り?
雨がひどいから、家から出ないと決め込もうか。

どれも正解。

土砂降りの雨は、研ぎ清まされた剣が幾本も容赦なく突き刺さるような時もあり、血だらけなのに気付かず過ごしてある日倒れる。
そんなアホな事はやめよう。

今のこの豪雨は、バケツいっぱいの水を次から次へ浴びせかけられ、痛くはないが、時々溺れそうになる。

そんな、私の豪雨注意報。



私は旦那の仕事の大変さには、ある程度の想像がつき、気持ちも分かるつもりだ。講師の仕事だって、人に教える大変さは痛いように分かるし、新しい芝居やプロジェクトの何らかの責任者になれば、規模が大きければ大きいほど重圧もすごい。
昔、私も市が主宰の舞台で、あるチーフをやった後、美容師さんに丸ハゲ2ヶ所出来てることを教えてもらった。幸い表側からは全く分からない状態だったけど。

でも、私の仕事の大変さは旦那には分からない。
新システムに対応しようと頑張る更年期おばさんだ。そんなおばさんは、電話の向こうの、高圧的なオバサンや注文したことなどすっかり忘れてしまって「こんなもの勝手に送ってくるな」と怒鳴る大オバサンに毎日対応している。
ご飯の買い物も経済的なおりあい、子供達や爺婆の趣向、栄養面を考えなければもっと楽だし。残業して時短で料理の場合には、買い物内容も変わる。
旦那は料理はめったにしないし、結婚して洗濯は覚えたが、衣類によって洗濯方法や干し方の違い、洗濯表示の事までは分からない。
子供の事も、子供自身が母じゃないとダメ、分からないって事がほとんどだ。

私も昔同じ業界にいただけで、気持ちや状況を推し測ることは出きるが、旦那の仕事を代わる事は出来ないし、本当の辛さはその立場にまるっとなってみないと分からない。
だから、何も言わない。


また、プロダクションの仕事、講師の仕事、少しずつ始まり旦那の顔が日に日に暗い。まともに話が出来ない。仕事先の人との電話は普通に話すのに家族にはどもって言葉が出て来ないから、聞いてられない苦しくて、子供この前で。
旦那が子供が居る所で話そうとする行動で、息苦しくなる。


不登校長男は、週一のスクールカウンセラーさん面談と週一の給食食べに学校、それ以外に行く気は失せた様子で、プリント1枚やるのにもイライラを募らせる。漢字ドリルもやらなくなった。
焦らないで、と言われたが来年中学生だと思うと時々焦る。

長女は、相変わらずマイペースで、もう少し段取り良く何事も進めていかないと、社会に出てやって行けないだろう、と心配になる事も。


会社の新システムは、とうとう選んだ本人、社長が、私の隣の課長の子の報告に「それは、低レベルだって事ですよね。やる気がないんですよね」とシステム会社のことをディスっていた。
隣でお詫びの手紙分を考えていた私は『じゃあ何故ここを選んだ?なんでわざわざ遠く東京の業者にした?他の人の意見も聞かず選んだのあなたですよね?』と突っ込みたかった。
社長が居なくなってから、課長の子が私に「そんな低レベルでやる気ないなんて私の一存で言えないですよね」と。そりゃそうです。
社長曰くの低レベルな新システムを何とか少し使えるようになってきましたが、手間やエラーが多すぎて、前より処理が三倍手間な感じになってます。
アナログおばさんでも新たなエラーに気付き、その日エラーが解消した影響で新しいことにも一番に気付くことができ、ベテランの面目を保てている所まできた感じです。毎日神経使い、しんどいけど。


市剣連のガイドラインが出て、7月1日から、当剣道会も稽古再会です。
まだまだ本格的稽古は出来ないけれど、という路線と、様々な注意事項も記載してHPを更新、HP内のブログも新しい記事を書きました。
役員のママと相談し、7月は当面、面マスクじゃなく、どんなマスクでも良しで基本稽古を1時間だけ、その日に、余っている新品手拭いを各人に配れるよう、ママ達が面マスクを手作り出きるよう、いくつかの手作り面マスクのサンプルと一緒に私が持って行く事になりました。
また7月から稽古が始まる事を旦那に伝えると、更に忙しくなる私が嫌な様子、苦虫を噛み潰したような顔になってました。
苦しいですね。



外でも家の中でも、溺れそうになってますが、ブログで愚痴を吐き出す、という凄いカッパを手入れました。同じように悩んで苦しんでいる方のブログに共感し、軒下に避難もできます。
丈夫な傘は子供の笑顔と、そして……

ブログでつながっている皆さんに励ましのコメントを頂いたり、また方々のブログ自体にメッセージが込められていたり……優しい傘を差し出してくれる。あちこちから、助け船。
何なら浮き輪も投げられて、お陰で私は溺れずにいます。

感謝します。
ありがとう。

あの空、写真では見にくいけれど、豪雨の後の空に小さくあちこちに青い空の穴が見てとれます。まるであちこちからのヘルプ魔法が効いたかのように。
そして、キレイな夕日になる。
きっと誰かの助けを受けながら土砂降りはいつかこんな空になる。
私の豪雨だけじゃなく、きっと誰かの豪雨も。

雨女の傘は失わない、壊れない

今週のお題「傘」
皆さん、けっこう傘って忘れる、無くされる事が多いみたいですよね。

前に私はひどい雨女だと書きました。

そんな私の傘は、もう何年前に買った物だろう。

遥か記憶の彼方。

買った場所は覚えている。

以前劇団の本拠地があった繁華街の一角にある地元総合スーパーの支店だ。雨女だから、途中で突然降られて必要だから買った、と言うわけでは『ない』。

きちんと、ビニール傘じゃない傘が欲しくてその店に行き、千円でワンタッチ傘を買った。
私は渋いグリーンが好きだが、それはエメラルドグリーンと白の細かいチェック柄で、シンプル。


どれだけの雨、風、雪を一緒にしのいできただろうか。
すっかり色褪せ、変色、賃貸に住んでいた頃、使った後の青空に、ベランダ手すりに引っかけて干していたせいで柄の部分も少し曲がり、小汚い。
たった千円のその子は忘れられた事もあったと思う。
でも、劇団に、劇場に、会社に、友達の家とか、必ずまた行くような所にしか忘れてないと思う。

安物で特に大事に使っていたわけではないが、長持ちだ。そのうち、ボタンを押しても開かなくなるか、破れるか、骨が折れるだろうと思っていた。
何て丈夫な子。
あそこにまだ劇団があった頃だから、結婚してまだ間もない頃だろう。

マジか。十数年を伴にしている。

私もほんとに物持ちがいいな。

壊れた訳でも、破れた訳でもないから、捨てない。

小汚い傘で、恥ずかしいのかもしれないが私は平気。子供に「ちょっと……それ……」と言われたら考えようかな。

長年、この子と、そして、折り畳み傘は、実家に新品のまま余っていた茶色のこれまたチェック柄。ちょっとおじさんが持っててもおかしくない感じの渋いやつ。
私の傘はこの2つ。ずっと何年も。

同居になった時に驚いた一つが、玄関や下駄箱にある傘の数。
舅姑の二人だけなのに、一体何本あったのか。
旦那の実家だから、息子たちの分も残してあったとしても、4人分の傘のはず。
ビニール傘の数も5、6本かそれ以上あったかも。紳士用が2、3本?婦人物は色々あり、折り畳みも下駄箱前に数本、雨用以外に姑の日傘も何本もあった。服に合わせて日傘の色を変えているのか、靴や服と同じように、「あっこれいいかも」と買ったはいいが、使いにくかったり、やっぱり色がどうも…となって、新しいのをまた買って、どんどん増えたのかは不明。
前の古い家は玄関も狭いのに靴と傘でいっぱいで出入りスペースがより狭くなっていた。

ビニール傘が何本もあるのは、同居当時に舅から聞いた。「ばあさまは、駅に着いて雨が降ってて傘を持ってないとすぐコンビニで買うもんでよ、どんどん増える」

確かに、錆びが付いたり骨が変形したようなビニール傘を何本か処分しても、またしばらくすると、増えていた。500円?300円?それくらいなら……って思って買ってくるんだろう。
エコは考えない、方ですが、流石に、今は少し気をつけるようにはしている?みたい?


家が新しくなり、玄関も広くなったが、傘立ては6人家族で予備入れても8本か9本、まぁ余裕で入るだろうと風水的にも良いし、家の雰囲気に合わせ白い陶器の傘立てを私が買った。
最初の余裕ある状態から、ちょっと密集している。私達4人は一人一本だ。誰がに貸してあげられるようビニール傘一本。どうも姑は一本ではない、しかも夏の日傘も入っている。
密集しているから取りにくかったのか、ヨボヨボがひどくなり立って傘を取る時によろけたからななのか、一年程前に舅が倒して割った❗️
Uの字に割れてテープで引っ付けてあった。
テープ……
「倒して割ってまったもんでよ~」と舅。
新しい家になってまだ数年、新しく買った傘立ては2年ほどで梱包用のテープでガチガチ。

業界用語で『ガムテ』は布の粘着力が強い、いわゆる一般的にはカーペットテープと言われてるのかな、それではない。

『紙テ』だ。紙製の段ボールに使う時のテープ。
それで大きな破片を戻して紙テでガチガチ。

白い陶器の傘立て、高い物ではない、でも、安くもない。

まぁ新しいのになるまでの仮止めだ、仕方がないか、と思っていた。

が、未だにそのまま。私はてっきり、壊してしまったから新しく何か代わりを買って来てくれるのだろう、それまでの応急措置だと。
違ったらしい。全くそんな気はないようだ。
ホントに?
悲しくなった。

仕方ない、また余裕が出たら買うか、と思いつつ、余裕がなかなか来ないから、今に至っている。



雨ですね。仕事から急ぎ駅からカッパ着てチャリで帰り、夕方学校へ行く長男を送りました。
雨女の壊れない相棒をさして。
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