YK-akadoの『不』日記

元劇団女優・まだ細々俳優鬱治療中の旦那の両親と同居で頑張る2児の母・剣道に息子と通う有段者で役員、その息子は不登校児に・長年勤務の パート主婦 、色んな立場で感じた事やぼやきを書き綴り、最愛の子ども達に何か残ればいいな。

嘘だろ!

エイプリルフールだったけど。

新年度ですね。

新たな気持ちに切り替えて一生懸命金稼ぎ、いや仕事、頑張るぞ、ってなりたいところですが、仕事を休んでおります。

何故?

なぜって、息子の看病というか、部屋に隔離中のお世話するためと、仕事場に病原を持ち込まないように自主規制としました。

一昨日、仕事から帰ると鼻水ずるずるの息子がおり、ダルそうにしていたので、熱を計ってみ、と促すと7度ピッタ。

お風呂には入りたいとのことで熱を再度計ると7度3分。ん~~、寒い季節ではないからいいかと入って早く寝るように促す。


子供達の部屋前のロフトで寝ている私

息子の部屋のドアが夜中何度も空いて、階段を下りる弟、トイレに入る音がして、何度も「大丈夫か?」と声かけするも、返事なくすっとそのまま部屋へ入る息子。
3時頃、さすがにドアを開けて様子を見に入る。
汗だくでぐったりして、着ていたパジャマが脱ぎ捨ててあり、薄手のパジャマに着替えていた。
1階の台所の冷凍庫に入っている氷枕が出ていた。
寝ている私に世話かけないようすでに自分で対策をしていた。

水分補給用に水筒に水を持って来ると、ごくごくと飲み始める。

仕事場には前日すでにLINEを入れておいた。
「息子の様子が怪しい、微熱でしんどそう、明日医者連れて行かんといかんかもです。」


翌朝、部屋を覗くと、ぐっすり眠っていたが、熱はまだあるようだったので、仕事を休んで、いつものかかりつけに連れて行く事にした。


雨風がひどかったが、1台だけの車、夜中に旦那にLINEをしておいた。息子の体調不良を。さすがに残してくれていた。カッパ長靴自転車で仕事に行ってくれた様子。

朝は7度9分になっていて、喉も痛いから喋らないが、食欲はあるといつものように、ご飯と味噌汁。

発熱外来、11時30分からとのことでその時間に車で向かう。待合には人も少なくホッとする。

私もだけれど、先生もインフルかなと鼻に突っ込まれ、検査する。
すぐ結果出て、違うよう。
喉が赤いから溶連菌かもしれないと、今度は喉に突っ込まれる。
ちょっと時間がかかるからと、一旦診察室を出て廊下の椅子で待つ。

違った。ごめんよ〜もう1回、と鼻から突っ込まれ、もうくしゃみ鼻水が爆連で止まらなくなる。
診察室のティッシュも待合室のティッシュもいっぱい使わせてもらった。

しばらくして診察室に呼ばれると、
「ごめんインフルも溶連菌もちょいちょい出てるからと思って検査したけど、最初からこっちで検査すれば良かった、何度もごめんね、若者には今ほとんど出てないから…コロナだった」
と検査結果の用紙を見せながら。

えーーっ、嘘、コロナ?
あんた3回目やん!

人混みに行ったか聞かれたけど、この人そういう所が苦手な人、店内では必ずマスクの人、私の買い物についてくるか、チャリであちこちの家電量販店にガンプラを見に行く趣味の人。
そんなんでコロナを拾う人。

土曜日まで隔離と薬の説明。

1錠7000円?だったかな、とても高価で、息子は高校生だからタダだけど、大人がかかったら、保健適用でも自己負担で2万円ぐらいかかるから、うつらないよう気を付けてね、と言われました。

なので、息子はとても気を付けて隔離生活しています。
ADHDのうっかり、はあるけど、HSP気質は周りへの気遣いが優しいです。

カッチャマは体調大丈夫そう?
って、おやすみ〜のあいさつLINEの後、入ってたのを今朝気が付きました。
すまん息子、すぐ寝ちゃって気づかない母。

早く元気になーれ

とても嬉しい事がとても悲しく苦しい事にかき消されていた件

もう3月も大きく過ぎて月末になってしまいました。

ブログ更新もせず、ご無沙汰です。

2月末にとても嬉しい事が待っていて、とても楽しい時を過ごし、ブログにしっかり書くために、写真もいっぱい撮った。あれも書こうこれも書こうと思っていた矢先、とてもショックで悲しく、そして苦しい事が起こり、ずっと引きずって、記事を書く気になれず今に至っている。

とても楽しい嬉しい出来事をその気分のままで書きたいので、気持ちを切り替えられるまでもう少し先に延ばしたい。

この二つの件に関しては切離していずれ語ろうと思うが、3月に入ってすぐ、私の弟から珍しくLINEで写真が届きました。

添えられたメッセージは
「虫干し兼ねて出してみた。半日かかりました。」



実家に置きっぱなしだった私のお雛様
そして実家が売りに出された際に、弟宅の隣、もう誰も住んで居ない父母や祖父祖母、ご先祖様の位牌や遺影があり倉庫代わりになっている祖父の家に保管してもらっていたもの。

隙間だらけの古い大きな農家、ネズミにかじられているだろうと思っていたのに、何も欠けてないキレイな状態の、組み立て御殿のフル段飾りのお雛様。

私の母親の父、すなわち母方の祖父は建設業関係で頑固親父で有名、昭和の亭主関白、孫が生まれても見向きもせず、そんなじいちゃんが超可愛がり抱っこしたのは私だけだったらしい。
私が2、3才の頃に亡くなったのであまり記憶にない。
女の子だから?私より年上の従姉妹はいたけど、母からその話を聞く度になんで?っと思っていた。
そう言えば外孫の女の子は私が初だったからか。
娘が産んだ女の子、可愛さは格別だと私の父が言ってたっけ。
中学生の時に母親を亡くした私の母が家事を支えていたし、祖父としては3人娘の中でも一番苦労をかけた負い目のような感情もあったのかも。

頑固親父の祖父は母をはじめ周りの反対意見も聞かず店で一番高価で豪華な雛人形を私に買った。
毎年母が悲鳴をあげながら出し入れしていた記憶、そして物心ついた頃自分で出すようになってからは、この重労働にかなりの不満を言っていた。

申し訳ないですが。

確か中学生ぐらいまでは出し入れしてたと思うけど高校生になる頃にはもう出さなくなってたかと。
結婚遅かったもんな〜笑笑


出すのも大変だけど、しまうのももっと大変。

弟よ、キーッってなっただろ?片付けるのも半日かかるよ。
ご苦労様でした。かたじけない。

ギリ健のバレンタイン

土曜日は長男の1ヶ月に1回の精神科医の定期受診日であり、担当医が変更になってから2回目の面談だった。

 

私も今月は土曜出勤がないため、少しゆっくりめの起床。10時50分からの予約だったので、9時過ぎに長男を起こしに行った。9時半頃、サイア人バリの寝癖頭でリビングに下りてきた。

 

私は洗濯、長男はゆるゆる朝食を取っていると、バイトも学校もない長女も起きてきた。

ほんとはもっと早くに彼女の部屋の目覚ましアラームは鳴っていたが。

昼起きじゃなく、朝から起きて来たのは、長男のリクエスト、生チョコを作るためだ。材料は既にバイト先のスーパーで社割り券を使って購入済。ぬかりはない。

 

新担当医初回の診察は、ほぼ挨拶程度だったが、今回のは少し踏み込んだものだった。

先日の不得意英語テスト前の精神不安の様子、小5不登校からのスクールカウンセラーによる読み書き障害の気付きにウイスク(WISC-IV)検査を受けた経緯。母目線の普段の様子や本人の考えなどの意見交換。

 

本人の前で「自閉症っぽくはない?」「IQは?」と聞かれたのはちょっとびっくりした。

 

実は、検査結果のIQは本人には見せて無かったと思われます。読み書きについての用紙は見せながら説明してやったと思う。

障害があった事だけでもショックだろうと思った。

IQは平均より下だ。

上の二つの質問には本人も答えていた。

「いや〜自閉症ではないと思う」

「ん~~90ぐらいはあったと思うけどな〜」

 

先生がパソコンの画面をスクロールして見ながら

「んーーはちじゅう〇〇か〜」

下一桁の数字はよく聞こえなかった。

 

こだわりは強いかと聞かれたけど、強いとはあまり思わない。

確かにこだわりはあるし、自分で決めたことは守りたい、でもまもれなかった時に自分を責めてしまう思いが強い。適当に、まあいいか、が苦手ではある。そしてHSP気質であることは伝えた。

 

学習障害であり、ADHD強迫症傾向、診断書を書いてもらうとしたらこんな感じになるらしい。

でも、まだもっとお話したらはっきりしてくるものもあるような気はしている。

 

 

診察室を出て、長男が言う

「ギリけんか」

??

私「え、何それ?」

 

長男「ギリ健常者ってこと」

 

そんな言葉があるんですね。

 

何か、嫌だなその言葉

そもそも健常者の定義は?

 

母は、普段の様子から、あなたの学習障害は認めるし、ADHDも認める。

 

進学に前向きなあなたは前途多難よね、きっと。

 

でもまた不登校児なりたての頃のように『死』を口にするような子には戻らないと母は思っている。

そういう子じゃなければどうでもいい。

 

 

「ギリ健か」とつぶやいた声にはほんのちょっとの落胆と自分を笑い飛ばすような覚悟の音が入り混じっていた。

そして、クリニックの自転車置き場から直接、一人チャリでいつもの大型スーパーのガンプラ売場の様子見に出かけて行った息子。ついでに一番最寄りの長女のバイト先でもあるスーパーに食材の買い物に出かけた母よりも早く帰宅していた息子。

笑顔で、「とうとう、あそこ、完成品の展示までしだしたぞ!」と報告する息子。

嬉しそうに、姉が作った生チョコをバクバク食べる息子。

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しっかり生きてるね。

 

 

 

 

ちょっと今日は、大人予行演習な長男

通信高校二年生の息子、今年の秋に18歳になる。

18歳成人って定着してる?
普通に成人式と呼んでしまうけど『20歳を祝う会』と言う名の式典までは2年ある。

成人の日はいつ18歳のものになるんだろ?ならなくていいけど。
ずっと20歳を祝う会でいい。ほとんどが受験生、就職だったとしても就活に忙しい時期に成人式用の振袖や服装の段取り準備、受験間際で成人式って本人も親も大変過ぎる。


選挙権だけのことよね。

そう、選挙でしたね。

うちの息子、YouTubeやネットニュースで候補者のことちゃんと見くらべてるんですよ。
18歳になって選挙権がもらえることを待ってるんです。だから、今回の選挙に付いて来ました。

予行演習です。

子供と一緒に選挙会場、推奨されておりますし。子供達にもっと選挙を身近なものに感じて欲しいとのこと。
母校の小学校に久しぶりに入れることも楽しみにしておりました。

母校の体育館に入り、ハガキを入口で出し案内された町内別の受付に行こうとすると、入口の女性が「あ〜ごめん、ボク、やっぱりちょっと大きいから紛らわしいかも、これ掛けてくれる?」と首からぶら下がる名札を渡されました。
『付添い』と書いてある札

お父さんお母さんと一緒に来るお子さんはいるだろうし、本来は必要ないけど、確かにパッ見、大きさ的にも選挙権を持っている人と紛らわしい。だって17才ですからあと1年の違い、分からんですわね。
札ぶら下げるの正解ですわ。

一つ一つの段取りを小声で息子に教えながら投票してきました。

出口で『付添い』の名札を返して、外へ。
母校の運動場を眺めながら、「あれ?なんかちっちゃくなったか?」と息子。
「お前が大っきくなったんだよ、小学校はなんも変わっとらんて」

そう…大きくなったよね〜、あの不登校が始まった5年生の頃、参加できてめちゃくちゃ嬉しかった卒業式の頃…その時と比べたら身長全然違うもん。今でも17才にしてはチビだけど、ちっちゃい小学生だったよね〜。


朝から雪家降った今日はほんとに寒かった。


そして昨日、「ノンアルビールって、ほんとにビールの味するの?」と息子。

「まあ、ビールに近い味するノンアルもあるよ」

飲んでみたいから明日の買い物て買ってくれ、と言った息子。



ほんとにビールっぽい味だと思うノンアル、買ってやりました。飲めないって絶対言い出すだろうけど。



夕飯でちゃんとビールグラスに注いで一口

「うぇ、ビールってこんな味?無理」

もう一口頑張って飲んで、私に。


ほとんど私のものになりました。


大人の予行演習、良い経験になりました。

ささやか過ぎてごめんだけど、60歳になって良かったこと。

今までのショルダーバック、何年前に買ったやつだろう?

これの前にanelloのネイビーカラーのシンプルなのを使っていて、すごく使いやすかった。

紺色ってどんな服装にも合わせやすいし、幼い頃から好きな色の一つ。

それも擦り切れて穴が空いてどうにも交換しなくちゃならなくなり、地元スーパーのカバン売場へ。anelloってコスパ良い感じだけど、その頃の私には3千円台でも贅沢してるように思え、売場にanelloは色々置いてあったのだけど手を出せなかった。

1000から2000円台の値下げワゴンの中に入ってる中でパステルグリーンのellesse、スポーツブランドだから、『らしい』し好きな色だし、いいやと買って毎日の自転車通勤を耐えてきたやつ。雨や雪に何度も濡れ、手垢で黒くなって擦り切れもひどくなった。

これを買って分かったことは、明るい色は汚れがかなり目立つから私向きではないってこと。

長女や長男の学校行事にもこの汚れたカバンちょっと恥ずかしいな、っとずっと思っていて隠すように持って行ってた。

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前のanelloのように穴が空いてしまって使えないわけではないが、今回手放すことにした。お疲れ様でした。ありがとう。

 

本当は去年のクリスマス時期に自分に新しいのをプレゼントしようかと思っていたけど、諦め、年も越した。

 

そして、先日、仕事終わりに用事があってチャリで出かけ、百均もあるあの地元スーパーで封筒を買いたくて寄った。

もしかしてanelloのバック安くなってないかなぁ〜っと服、カバン、靴など置いてある2階へ。

するとすると、あちこちにクリアランスセールの文字が見えた。

カバン売場でanelloは安くなってなかったけど、セール対象のショルダーバッグがいっぱい。

よく見かける北欧のブランド、残っている色が少なくて好きな色はなかったけど、大きさもいい感じ、汚れも目立ちそうにないし、何より撥水加工とあった!どこでも自転車!の私には助かる。

さらにその売場で目に止まる『本日ハッピーデイ、60歳以上の方さらに10%引き』

 

え!?

まじ?

やったー!

 

毎月15日はハッピーデイなんですと。

 

レジで運転免許証を見せ、60歳以上である事を証明し、対象者であるカードをもらいました。

これからは子供達の衣料品なども15日に買いに行くことにします。

ここは長女のおしゃれな服はないけど、母親目線な物が置いてあり、学校用品、通学用の服や体操服、靴など手頃で良いものがあり昔からよく利用していました。今でも子供達の下着や靴、靴下などよくここで購入します。

 

2千円ほどでブラウンのNinaJobsをゲット、これからの毎日の相棒です。

 

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コタツでホットorクールってとこかな

今週のお題「冬の楽しみ」

風呂上がりのアイス、夏もいいけど、寒い冬もいいですよね。

そして、限定アイスをコタツで。

娘も私も今大事に大事に楽しみに食べているのがこちら。

スーパーで見つけた時に、思わず撮って娘にLINEした写真を今回採用した。

数量限定なので、そのうちどこにも無くなるから大事に抹茶好き母娘2人で食べている。

ただの抹茶ではなく、香ばし玄米茶ミックスなのですよ。

美味しい。

この間、娘の親友ちゃんにもお裾分けして美味しさを広めることにした。
チャリで娘と一緒にバイトから帰って来て、我が家の前で駄弁っているのを2階リビングから聞きつけ、窓から「Mちゃーん、ちょっと待ってて〜」
冷凍庫から二つ出してビニール袋に2人入れ、外に出て、「これ、限定の、美味しいよ、このままでも寒いから溶けないでしょ」

年末大晦日に我が家にお泊りに来た時、ハーゲンダッツのアイスをいっぱい買って来てくれたお返しでもあった。
彼女も抹茶好きではあるので、気に入ってくれたかな〜?

もう我が家のストックがなくなるのでまた買いに行こうと思っているけど、まだあるかな〜。
あるといいな〜。



あと、冬の楽しみはグリューワイン。
ホットワインだ。
温まります。
白が飲みやすい。
昔々、ドイツの冬、ミュンヘンのクリスマスマーケットで買って飲んだのは赤だった。白も売ってたのかなぁ〜


去年この地でも開催されていたクリスマスマーケットで娘がバイトしてた店のカップと市販の白グリューワイン。

冬はこの瓶入りグリューワインをちびちびとレンチンして飲むのが楽しみだ。

もう、空っぽ、先日飲んでしまったので今年はもう終わり。
お金の余裕のある時に一本だけ買ってクリスマスと正月を中心にちょっとずつ飲む。
チーズと一緒だと最高です。
……
チーズ、高くなりましたよね、悲しい。

失業してた年も買ったっけ?もう記憶ない。

今でも経済的余裕はないけど、頑張ったご褒美がちょっとはないと、頑張れないね。


それと、家の中のストレス原因が大きくはみ出てきた際には私に必要不可欠なものです。笑笑

転職と転職後の試練

家からすぐの障害者就労継続支援A型事業所にパートで入って半年が経った2025年新年、約1年前の今頃は、年末年始休暇中にタイミーさんとしても、初めての仕事先に赴き奮闘していた。

そして、これを書いている今日もタイミーさんとして飲食チェーン店の洗い場で働いてきた。
お正月休み、買い物客で賑わう複合店内のフードコートにあり、家族連れがとても多くて、下げ物棚がいっぱいにならないようにだけには気を付けて、必死に下洗いし洗浄機にかける。かけている間に次にかける物の下洗いをし、休みなく洗浄機を回したいのだけれど、キレイになった食器類を一旦置いておくスペースが狭過ぎて、すぐに置き場がなくなるのでスタッフさんの邪魔にならないよう人をかわしながら、声かけしながら狭い店内を器の山を持って定位置に片付けに動かなければならない。
一旦シンクの底が見えるようになる瞬間はあったものの、終わりの見えない洗い物の山。
退勤時間、山積みではない程度の状態にして業務終了することは出来たと思う。
半袖で慣れない場所での洗い場、腕や指に覚えのない傷がいくつもできていた。



転職から約1年半経った今でも、転職前の目標月収にはほど遠いため、出来る時に出来そうな仕事があれば、タイミーの仕事を入れるしかない。

2025年夏、還暦を迎えた私の身体のあちこちが悲鳴をあげている。


二十年ほど、通販会社の電話オペレーター兼様々な担当業務をこなしてきた。
間に2人の子供の出産と育児もあった。

コロナ禍を乗り越えたかに見えた会社は、その少し前から勢いはなくなって来ていた。
そして、どんどん、どんどん、電話が鳴らなくなった。スタッフもどんどん減っていった。
50代のうちなら、転職も何とかなるかと思い、理不尽な配置換えになってすぐ、私も思い切って辞めた。
残った後輩や同僚に目を真っ赤にして泣かれたり、抱きしめられたり、けっこう辛かったが、結婚出産が遅かった私はまだまだ子育ては続くし、収入を上げないとならなかった。

クレーム対応もしていた年季の入った元オペレーター、電話対応も自信があるし、書類作成の担当もしていたため、どんな業界でもいいからデスクワークの仕事で雇ってもらえるだろう人手不足だし。簿記出来ない、計算苦手だけれど。

甘かった。

非常に甘かった。

最終学歴は専門学校、元劇団所属俳優で正社員として企業で働いたことなし、派遣業務かパートの職歴。

58歳のフルタイム転職、出来ませんでした。

退職前1ヶ月、有給休暇消化中にハローワークに通い、応募書類を送っても送っても、面接もしてもらえない。
やむを得ず派遣で得た9時5時のデスクワークの仕事、3ヶ月限定のものだったけど、空きが出たら別部署で継続の可能性も、と言われた。

空きは出なかった。

失業手当をもらいながら、
タイミーで小銭を稼ぎながら、
ハローワークに通いながら、
履歴書と職務経歴書を何枚も何枚も書いては応募した。デスクワークだけでなく、軽作業をも含めて応募した。

面接に進めたのは、今の勤務先を含め3件だけだった。
1件は1人だけ採用のところに16人も応募がきて採用担当者がテンパっていたデスクワーク、他の方にお願いすることになりました、とご丁寧なお電話で不採用。
1件は仕出し屋さんの電話受注件事務、でも面接で残業出来るか聞かれたのと、料理配膳もお手伝いする匂わせがあり、あれもこれも全部やらなくてはならなくなるのを感じた。電話で是非来て欲しいと採用の連絡を頂いたのだけれど、お断りしてしまった。


そして、今の勤務先、家から自転車で3分。
面接のその場で、採用だった。

一旦考えさせてもらった。
というのも、9時5時勤務程度が希望で探していたけれど、ここは16時までの募集、計算して16時まででも土曜日出勤あり、祝日は休みではないので、目標ギリギリ届く月もあるかもしれないと思い応募した。
ところが面接で、
「ここでの仕事は15時半までです。その後は別の所にある事業所に移って社員は17時半頃までそこで作業や車運転して納品に行ってもらったりしますけど、ここは15時で利用者さんが帰ってから、その後片付けや掃除ぐらいしかないから半までですね。」
社会保険希望ですかー、失礼だけど、その年齢で、はいそうですか、って社会保険には入れられないなぁ〜様子見かな。
この条件でいいって事ならうちはすぐ来てもらっていいので」

ハローワークでも社会保険、厚生年金加入を条件として探してもらっていた。パートでも条件に書いてあったはずだが、全員というわけではなかった。
正社員募集もあったのだけど、運転必須、しかも、7人乗りやハイエース、普段、軽のマニュアル運転の私には無理だったため、16時までのパートで応募した。

悩んだ。
でももう次を探す元気も時間もなかった。
3ヶ月失業。
旦那の両親同居、子供2人、6人分の食費や生活雑貨などの現金支払い分は私が担っている。
通勤時間が5分、時間が有効に使えるし、昼休みは家に帰って食べれるから節約にもなる。子供達が居る時は一緒に食べれる。

電話でタイミーのダブルワークを了承してもらい、働くことになった。

軽作業と言う名の肉体労働だった。
手作業が多いと聞いていたので、少しは座るタイミングもあるかと思ったが、初日、利用者さんが出勤前の時間帯、スタッフの女の子が座って作業内容を教えてくれていたのでならって隣に座って同じように作業していたら、面接官でもあった女社長が「座らない!椅子は利用者さんの物。座って仕事ができるなんてこと教えないでよ!」とスタッフの子が怒られてしまった。
スタッフはずっと立ち仕事なのだとその時に知りすでに後悔したことを思い出す。
でも、最近、週3日だけのパートさんが入り、私の時とかなり対応が違う。私よりもかなり若い40代ほどだが、「そんな立ってやってると腰をやられるよ、座ってやりなよ、スタッフ用の丸イスあるでしょ」と気遣いが、すごい。細身で力仕事が苦手そうな女性だし、辞められては困るからなのだと思うけど、私の時との差がひどくないですか?と言いたくなる。
私は未だに座れないどころか、動きっぱなし、力仕事も率先してやっているので、夜は這うようにして布団に入り、朝も這い出て、階段は手摺を持って上り下りしないと落ちて大怪我をしそうな状態、いつも仕事に行けるだろうか、仕事が出来るだろうかと不安になるが、家事をこなしているうちに少しずつ身体が動くようになってくるから不思議。
それでも、この仕事で、もう以前のようには戻らないだろうなという身体の箇所がいくつかできてしまった。
コロナ禍前までは剣道現役だったが、今は自分が立ち上げたホームぺージの管理人兼問い合わせ対応と稽古場確保の事務方だ。大事な箇所を痛めたこの身体では復帰は出来ない。でも、剣道会の子供達の成長や見守りも私の拠り所なので、そこは忙しくてももうしばらく頑張れる。


仕事場は狭い、利用者さんは椅子に座り机で手作業、その間を時にはかなり重い物も持って動き回る事も多い、置いてある物越しに必要な物を取ったり、出来上がった製品を重ねたり、その場所の狭さがより身体に負担がかかる。
基本の仕事は駄菓子のパック詰め袋詰めだが、間に様々な作業が来て、どのように作業するか、誰に何をしてもらうか段取りも難しい。
利用者さんの障害は様々で出来ること、出来ないこと見極めも大切、身体的障害だと聴覚障害の方が現在2人いるが、どちらも色んな事が器用にできるので、頼れる。知的障害、発達障害の方も多いが、メンタルを病んでる人が1番多い。

社長が最初言っていたが、「障害者の人って基本ワガママだからね、意地悪も平気でしてくるから。
壁貼ってある決まり事、暴言、いじめ禁止、それはスタッフに対しても同じ事、何かされたりしたらすぐに報告してね。」

報告しなくても、狭い場所なので声は筒抜けだったりする。私が入ってすぐに退所となった利用者さんもいた。
そんな所なので、スタッフは続かない人が多い、若いバイトは特に。1年半で4人?かな?1日でいなくなったバイトの男の子もいた。

体力も忍耐力も瞬時の適応力も必要な仕事。

社長は、言う事がコロコロ変わったりするので、難しい事もあるが、豪快に笑い、スタッフの一員となって一緒に作業することも多い人、そして、私の家庭環境と経済的な事情も知っているので、毎日のように食材やお菓子など帰りにお土産をくれるし、私の利用者さんのかわし方と仕事の技量を認めてくれている。厳しい業界なので、給料は上がらないけど。

少し前に、嬉しい事もあった。
古い利用者さんだが、若い男の子、人と関わりを持つことに大きな壁を作っている。昔はよく暴言や暴れるようなこともあったらしい。でも、何でも上手に出来るし、色々できる頼れる存在、苦手なタイプの人も多いが、信頼関係が出来ている人には話もできる。でも自分のテリトリーを邪魔されたくない子。
その子と、外の手洗い場で2人になった。
私は作業後の一段落で台拭きを洗いに行くと、その子が丁寧に几帳面な手洗いをしていた。
最近、スイッチ2を手に入れて休憩毎にゲームをしているので、ゲームの話をしてみた。
すると、すっごい普通に、敬語も使ってくれ、笑顔も交えてゲームの話をしてくれた。私が2人の子供のお母さんってことも、もう今となっては知ってる事だろうからというのもあっただろう。私も息子のゲーム事情も話して、会話が成り立った。
他の人がこの場面を目撃したら、目を丸くして固まってたかも。
子供好きの私としては、この年代の利用者さんと交流出来た事が何より嬉しく、疲れも身体の痛みも吹き飛んだ出来事でした。


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