もう3月も大きく過ぎて月末になってしまいました。
ブログ更新もせず、ご無沙汰です。
2月末にとても嬉しい事が待っていて、とても楽しい時を過ごし、ブログにしっかり書くために、写真もいっぱい撮った。あれも書こうこれも書こうと思っていた矢先、とてもショックで悲しく、そして苦しい事が起こり、ずっと引きずって、記事を書く気になれず今に至っている。
とても楽しい嬉しい出来事をその気分のままで書きたいので、気持ちを切り替えられるまでもう少し先に延ばしたい。
この二つの件に関しては切離していずれ語ろうと思うが、3月に入ってすぐ、私の弟から珍しくLINEで写真が届きました。
添えられたメッセージは
「虫干し兼ねて出してみた。半日かかりました。」

実家に置きっぱなしだった私のお雛様
そして実家が売りに出された際に、弟宅の隣、もう誰も住んで居ない父母や祖父祖母、ご先祖様の位牌や遺影があり倉庫代わりになっている祖父の家に保管してもらっていたもの。
隙間だらけの古い大きな農家、ネズミにかじられているだろうと思っていたのに、何も欠けてないキレイな状態の、組み立て御殿のフル段飾りのお雛様。
私の母親の父、すなわち母方の祖父は建設業関係で頑固親父で有名、昭和の亭主関白、孫が生まれても見向きもせず、そんなじいちゃんが超可愛がり抱っこしたのは私だけだったらしい。
私が2、3才の頃に亡くなったのであまり記憶にない。
女の子だから?私より年上の従姉妹はいたけど、母からその話を聞く度になんで?っと思っていた。
そう言えば外孫の女の子は私が初だったからか。
娘が産んだ女の子、可愛さは格別だと私の父が言ってたっけ。
中学生の時に母親を亡くした私の母が家事を支えていたし、祖父としては3人娘の中でも一番苦労をかけた負い目のような感情もあったのかも。
頑固親父の祖父は母をはじめ周りの反対意見も聞かず店で一番高価で豪華な雛人形を私に買った。
毎年母が悲鳴をあげながら出し入れしていた記憶、そして物心ついた頃自分で出すようになってからは、この重労働にかなりの不満を言っていた。
申し訳ないですが。
確か中学生ぐらいまでは出し入れしてたと思うけど高校生になる頃にはもう出さなくなってたかと。
結婚遅かったもんな〜笑笑
出すのも大変だけど、しまうのももっと大変。
弟よ、キーッってなっただろ?片付けるのも半日かかるよ。
ご苦労様でした。かたじけない。