YK-akadoの『不』日記

元劇団女優・まだ細々俳優鬱治療中の旦那の両親と同居で頑張る2児の母・剣道に息子と通う有段者で役員、その息子は不登校児に・長年勤務の パート主婦 、色んな立場で感じた事やぼやきを書き綴り、最愛の子ども達に何か残ればいいな。

雨上がりで、強風、セーター着て家事をしたら汗。

今週のお題「花粉」
今日は一気に暖かく、恐ろしく風が強くなっています。ゴワー、ゴワーっと風の音。

道路の凹みの水溜まりが波打っています。

「花粉」ぶっ飛んできてますね。コワイコワイ。

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私の花粉症歴は大変長い。

もう何年間のお付き合い?
40年以上ってことか。
花粉症と言う名前すら聞いたことがないような時代からだ。当時は薬すらあまりなかった。

元々アレルギー体質で、小さな頃から身体も弱かった。すぐ熱出してましたね。
身体弱いのに足速くて、体育得意って、ちょっと変ですね。いや、運動神経と体力は関係ないか。
運動のおかげで『身体が弱かった』なんて、今は想像して頂けないほどになりました。
最近は歳相応に怪我や病気に気を付けないとならないなとは感じておりますが。



小学生高学年から中学、季節になると学校でも箱ティッシュを持ち歩きたいほど、くしゃみ鼻水。
中学の時、係りで職員室から先生の資料を運ぶのを手伝ったが、ほんの2教室先に運ぶだけなのに、連続くしゃみで前になかなか進めず、前を行く担任に爆笑された覚えがある。
あんなにひどいのに、よく剣道部やってたなぁ。


花粉症なんて言葉はなかったから、医者では「アレルギー性鼻炎」と言われ、その言葉も聞きなれない、知られていないような時代、薬もあまり効かなかった。
ある時、市販の薬「アレルギー性鼻炎には○○」とテレビCMに流れ、やっと市民権を得た心地になったことを覚えています。


生まれは、観光客も来るような街っ子ですが、小三の時にど田舎に引っ越し、周りの山々には杉も檜もいっぱい。
その後数年で発症することになるんですね。


今、私は、真冬と真夏以外、花粉症です。

スギよりもヒノキの方がひどいので、今よりもっと後の時期がひどいですね。
カモガヤやイネ科もですが、ヨモギもダメ。たくさん有りすぎて覚えてません。

花粉だけじゃなく他もあるので、息子同様、毎日アレルギーの薬を飲んでいます。


悩めるお歳なので、眠れない事も多々、寝不足だと必ず翌日の症状がひどい。
雨の日にひどかったりもします。
両方の鼻の穴にティッシュを突っ込んで生活したり。だって、意識なくポタポターって水が鼻から。ひどい時は寝る前に頓服も飲みます。ひどく眠くなるので、昼間は使えません。

なんか、ひどい、の言葉オンパレードだな。

長女はGW中に生まれたので、ひどい時期と寝不足続きで、さらにひどい症状が出て、退院後の約一ヶ月間、旦那の実家、今のこの土地に建っていた古い家屋の二階で初子育て。すでに自身の母親が他界していたので、旦那と義母が気を遣ってくれて。
きれいじゃない家で花粉以外のアレルギー症状も出て、ほんとに辛かったです。

洗濯や食事もしてくれたので助かりましたが、食事は塩辛くて食べれない物が多いし。早く自分達のアパートに戻りたかった。
早く亡くなった母親を恨んだもんです。

だから、娘の初子育ての時は生きていてやりたいとずっと思っていて、人生の目標です。

頑張って、身体大事に、鍛えなきゃ。