YK-akadoの『不』日記

元劇団女優・まだ細々俳優鬱治療中の旦那の両親と同居で頑張る2児の母・剣道に息子と通う有段者で役員、その息子は不登校児に・長年勤務の パート主婦 、色んな立場で感じた事やぼやきを書き綴り、最愛の子ども達に何か残ればいいな。

そんな歳・・・になってきました、順番通りで。

今週のお題「感謝したいこと」
子供たちをはじめ家族や同僚、友達、師匠に剣道仲間、そしてこのブログでつながって☆をつけてくれたり、愚痴ばっかりの記事にコメント、励ましのメッセージをくださる方々に本当に感謝です。お礼は今後もずっと言い続けていきたいですが、今回は「学校の先生」に感謝申し上げたいと思います。

剣道や演劇時代にも先生はいました。そして自分も先生と呼ばれていた時期もあるので、それとはまったく次元が違うほど大変さがあると実感する身近な小・中学校の先生について書かせていただきます。


子供達の先生は学級崩壊寸前にまでなってしまい辞めざるを得なくなった方や新任で力不足を素直に謝ったり、新任でも熱意と一生懸命さで乗り切り子供たちに好かれた先生、ベテランで保護者にも子供達にも人気の先生など様々です。

昨今、ニュースでは教師の不祥事、中には耳を塞ぎたくなるようなものまでありますが、我が子供たちの身近な所では起こっていないのが幸いです。


教えるって本当に難しいし大変、私の場合、『バケモノの子』に出てくる熊徹のような教え方しか出来ない。熊徹が剣術を教えるときの様子、物凄く共感しました。「ダーッ」「シュッ」って感じ、擬音で教えちゃうの、ついついやってしまいます。
ただ教えるんじゃなくて相手に伝わる、理解してもらうの難しい。さらに、そこに楽しさ興味を持ってもらう?ムリムリ


教えるだけじやなく、事務処理や、スケジュール調整、行事の準備や段取り、子供達だけじゃなく保護者への対応、エトセトラエトセトラ、小学校、中学校の先生って凄い。
現在進行形で、不登校長男のお世話になっている小学校担任、教務主任先生、校長先生、中学校在駐のスクールカウンセラーの先生、足を向けて眠れません。
ありがたや、ありがたや。


長女も長男も受けもってもらい、保護者も子供達も大好き、長男が三年生の時はかなり荒れてしまい、彼もよく怪我をして帰ってきていた頃、他学年の担任で心配で仕方なかったと言った先生、四年生で、多分ご自身が名乗り出て校長先生にお願いされたのだと思われますが再度担任に返り咲き、学年が安定しました。
長男が学校に行けない苦しいとお悩み相談したいとお願いしたその先生は以前「教師が好きっていうより、私、人が好き」っておっしゃっていました。下のお子さんはうちの長女と同い年、ご自分のお子さんの卒業式に出席してから大急ぎで、心配だった学年、長女たちの卒業式後の運動場で写真バシャバシャタイムに駆けつけてくださいました。6年在籍してらして、今年はさすがに他校に転任してしまい、長男は「◯◯先生のいない学校なんて行けない、終わった」と言ってました。


でも、五年生の担任、現六年生も持ち上がりで担任先生で、とてもよくして頂いてます。

これまで小学校はあまり、前年度の担任がそのまま持ち上がることはありませんでしたが、長女の五年生時に学級崩壊寸前で、片方のしっかりした人気のある先生だけ六年生に持ち上がりました。それから他学年でも少しずつあるようです。

五年生の担任お二人とも、そのまま六年生に持ち上がり、2クラスの生徒だけ少し入れ換わりました。長男は同じ担任先生、なんか、うちの不登校長男のためにそうして下さったのかな?と申し訳なく思っております。
担任先生は去年、五年生の時、うちの学校に中学校から赴任していらっしゃり、先生本人も「五年生ってこんなにまだ子供でしたっけ?と戸惑ってます」と他の子の様子にも困惑してらっしゃいました。


中学校の先生らしい初めのうちの対処がうちの子をはじめとしてまだまだ甘ちゃんな五年生には、厳しい印象があったようです。
長男も五年生になって始めての厳しそうな男性先生に、より学校に行けない気持ちが増幅、それが先生ご本人にも伝わってしまったようで、カウンセラーの先生と密に相談され、少しずつ、少しずつ、今日まで信頼関係を築いてきてくださいました。
それがあっての、修学旅行参加が出来たのだと思います。
本当にありがとうございます。


長男が少しでも、ちょっとでも学校に顔出しできるよう、五年生から六年生になる時に、苦手な子、逆に安心出来るお友達を聞いてくださり、クラス編成や給食登校の特別待遇も、校長先生にお願いしてくださったのだと思います。
月の給食の回数を数えて会計申請してくださったり、事務処理もあれこれ大変。
授業をほとんど長男は受けてないので分かりませんが、中学校英語教師の小学校への編成枠で来られ、担任ではありますが他学年他クラスの英語指導、分かりやすい覚えやすいと評判もお聞きします。
子供に興味をもってもらって覚えてくれる指導、真似できません。


前に書いたと思いますが、私は中学の時も高校の時も先生に「体育教師になれ」と勧められました。
高校の担任で女性体育教師には「短大で大丈夫だって推薦するぞ」っとまで…………はぁ~、高校生の親になって気がつく……今思えばすごいことですね💦えらいこときっぱり断ってたんだなぁ、考えが浅い当時の甘ちゃんな私。ごめんなさい、ここでもほんとにありがとうございました、先生、だな。
確かに向いてたかもしれませんが、もう机上の勉強をしたくなく、「大学へ行く気全くないです」と。
先生の大変さすごさに、やっぱりならなくて良かったと思います。私には無理だわ。



私の中学の恩師は、長男担任先生と逆、小学校から中学へ移り、初の教え子、二年生と三年生の受験を一緒に乗り越え過ごした先生と生徒は、今もつながっています。
暑苦しいほど熱意をもって私達の所へやってきました。
現在先生を含め、我がクラスだけでなく、他クラスもどんどん引き込み、グループLINEがあります。
地元に残っている子達は正月、お盆だけじゃなく、一年に何度も先生の家に集まり、飲み会してます。
正月と、祭り時期には、正式に同窓会としてLINEに案内が来ます。
私はなかなか行けませんが。
グループLINE、地元の桜開花状況を聞くと誰かがこんな感じの開花、と写真を送ってくれたり、イベントのお知らせも。(管理者で聞いた情報すぐくれるのは、我がクラスの級長です。)

そして、先日、同級生で仲良しでもあった子のお母さんの通夜、葬儀のお知らせも来ました。(こういった広域な地元情報などは、我がクラスの級長も務めたこともある、生徒会長、高校も同じで生徒会長だったのでそっちの連絡もくれる頼もしい子、いや、おじさん)
仲良しでも、離れていて、コロナ禍ではこちらから、行けないなと。
しばらくしてから個人的に連絡し、お供えしてくれればとご実家に水もいらない、長持ちのお悔やみ用のブリザードフラワーを送りました。

同級生本人の訃報が届くこともありますが、年齢的に元気な親でも、他界する頃ですね。うちの親は早かったですが、そろそろ、みんな順番です。


先生、恩師は地元、田舎で畑を耕し、お孫さんと、まだ教え子の世話でお忙しい。
遅刻したら履いてるスリッパで頭叩かれ、廊下に立たされ、でも先生も一緒にクラス全員学校抜け出し散歩、神社に合格祈願、休みの日も色んな所に遊びに行きました、連れていってくれました。良い時代の先生でしたよね。私の中学時代は思い出深く、楽しいものにしてくださいました。
また会える日まで、元気でいてください。
f:id:y-k-akado0725:20201201213407j:plain